喫茶店の美人ママ[第3話]

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宮岸さんは15分ほど走った所にあったショッピングモールの駐車場で車を停めた。

「大丈夫・・・?」

宮岸さんは先程とは別人のような優しい口調で俺に言った。

「正直・・・何がなんだか分からないです・・・。でも俺が原因なのは分かります・・・」

「こらこら、◯◯君は何も悪くないわよ。あの二人が馬鹿なだけよ。いい年した大人の女が子供みたいに・・・ほんと呆れた・・・」

俺は何も言えなくなってしまった。
ただ、じっと足元ばかり見ていた。

「あの二人はね、昔からずっとああなのよ・・・」

宮岸さんが静かな口調で語り始めた。

「一緒に居たらわかると思うけど、智美は昔からすごく真面目だったの。曲がったことが嫌いで頑固でね・・・。おまけに躾に厳しい家庭で育ったらしくて、やけに規則とかマナーにうるさい子だったよ」

俺は宮岸さんの話に聞き入っていた。

「それに比べて◯◯(東条さん)は・・・なんて言うか自由奔放で大雑把で、とにかく遊び好きでね・・・。でも智美と違って意固地にならないのがいいとこだったかな。とにかく、あの二人は全く正反対なのね。だからお互い惹かれあってもいた。でもぶつかることも多かった・・・」

いつもおちゃらけている宮岸さんはそこにはいなかった。
車の窓から少し冷たい風が入ってきて、宮岸さんのショートヘアを少し揺らした。
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、この人も東条さんや智美さんに負けないくらい綺麗だった。
あの二人にはない、働く女性のテイストを持った人だった。

「でもね、あんなにお互いの感情を剥き出しにして言い合うのは今までなかったかもしれないわね」

「そうなんですか?」

俺は少し驚いてしまった。

「今思えば・・・ね。私思うんだけど、◯◯(東条さん)は◯◯君のこと、マジで自分の物にしたいって思ってるかもしれないわね。あの子の独占欲は半端じゃないからね・・・。あの夜、なんかあったんでしょ?」

俺はしばらく考えたが無言で頷いた。

「大体予想はつくわ。で、◯◯君のことだから、拒んで結局なんもなかったってとこじゃない?」

再び俺は頷いた。

「やっぱり・・・。私たちがね◯◯君を気に入ってるのはそこなのよ。たぶん自分自身じゃ不甲斐ないとか思ってると思うけど、そうじゃないのよ。普通、男って20歳やそこらになってきたらもうどうしようもなくなるじゃない。でも・・・君はなんか違う。なんかね、私達が中学とか高校だった頃に好きだった男の子がそのままいる・・・みたいな・・・」

ここまで良く言われてバチが当たらないかなと思った。
しかし、その時はただ宮岸さんの言葉に聞き入るだけだった。

「でも・・・智美にとっては違うみたいね。ほんとに弟みたいに思ってるんだと思う。あの子一人娘だから、きっと憧れてたんじゃないかな」

弟みたいに思ってる・・・。
その言葉が俺に重くのしかかってきた。

「まぁ簡単に言っちゃえば、さっきのやりとりは◯◯君の取り合いなわけよ!このモテモテ野郎め!」

そう言って宮岸さんが俺の頭を指でツンとつついた。

「もう・・・からかわないでくださいよぉ・・・」

そう言うと宮岸さんはいつものように笑った。

「まぁ、安心しなさい。あの二人、ああ見えて根に持つ方じゃないから、熱が冷めたらまた元通りになるよ。私もちゃんと仲を取り持つし。安心してね」

宮岸さんが俺の肩をポンッと叩いて言った。

「あの・・・俺、この前みなさんが楽しそうに話してるの見て思ったんです。それぞれ違った魅力があって素敵な人たちだなって・・・」

「あら~、嬉しいこと言ってくれるじゃん」

「いや、別に・・・。だから、みなさんにはずっと仲良くいてもらいたいです」

俺は素直な気持ちを話してくれた宮岸さんに触発されてか、自分自身も思っていることがすんなり言葉に出た。

「はぁ・・・こんな優しくていい男の子を前に醜い争いを繰り広げるなんて、あの女二人もつくづく馬鹿よねぇ~!」

宮岸さんは冗談混じりで笑いながら言った。

「さて、じゃあさ・・・慰めてあげたんだから何かお礼してもらおっかな~」

宮岸さんがなにやらニコニコしながら俺に言った。

「あ、はい。じゃあよかったらご飯でもご馳走させてもらえますか?」

「う~ん・・・それよりね・・・」

宮岸さんがなにやら勿体ぶっていた。

「ねっ・・・今からホテル行ってエッチしよっか!それが一番嬉しいわね」

俺は凍り付いた・・・。

「ちょっと!宮岸さん!いつもぶしつけ過ぎですって・・・勘弁してくださいよぉ・・・」

最後はやはり宮岸節が炸裂してしまったのであった。
しかし、俺の話はまだ終わっていなかった。
どうしても聞いておきたいことがあったのだ。

「宮岸さん・・・さっき、あの二人の言い合いで、男といざこざがどうのこうのって・・・。あれ、どういう事なんですか?」

俺は勇気を振り絞り、宮岸さんに尋ねた。

「・・・言いたくないな」

宮岸さんは本当に辛そうな顔をして言った。

「俺の知らない智美さんの事実があるみたいなこと、東条さんに言われました・・・。俺、どんな事でも受け止める覚悟はできてるんで・・・」

俺がそう言うと、宮岸さんは大きく息を吐き、俺を見た。

「じゃあ条件付きね・・・。私が何を話しても、智美を避けたりとか智美の前から居なくなったりとかしないって約束する?」

俺は恐怖すら感じていたが、それを断ち切るように力強く頷いた。

「・・・智美にはね・・・婚約者がいるの」

目の前が真っ暗になるとはこの事なのだろうか・・・。
俺は衝撃のあまり、意識を失いそうになった。

「今も婚約者って呼べるのかどうかわからないけど・・・、まぁそういう男がいるのよ」

宮岸さんは俺の顔を見ず、ただ外をぼぉーっと眺めながら話を続けた。

「その男ってのは私たちとも顔見知りでね。大学の時の同期なのよ。色々あって、なぜか智美と付き合うことになっちゃってね。まぁそこそこ真面目なやつだったから、智美にはお似合いかなって、みんなで思ってた」

俺の知らない事実がどんどん明らかになっていく・・・。

「カタブツで奥手な智美にとうとう彼氏ができたって感じで、結構みんなで祝福モードだったのよ。でもね・・・」

宮岸さんは少し言葉に詰まった・・・。

「彼、悪い友達に誘われたのがきっかけで、とんでもないスロット狂いになっちゃったの・・・。酷い時には智美の財布からお金をむしり取るようにもなったらしいわ。それで・・・当時、お互いの親も合意の上で婚約までしてたんだけど、智美が堪えられなくなってね・・・。もちろん私達も別れることを勧めたよ。でも・・・彼・・・っていうかあの男、智美を離さなかったのよ」

あまりにむごい話に俺は耳を塞ぎたくなった。

「私達が見抜いてやれなかったのよ・・・。あの男の異常さをね・・・。で、智美は逃げるみたいにこっそり引っ越しをして、1からスタートって気持ちで今の店を始めたって感じ」

全ての糸が繋がった気がした。
店にいる時、智美さんが時折電話に出て、奥に引っ込むことがあった。
そしてしばらくして、何か無性に疲れたような顔をして戻ってきた。
俺は何かあったのか聞いたが、ただいつものように笑って、「ううん。なんでもないよ。ありがとう・・・」と言うばかりだった。
きっとあの電話は、その男からだったのだろう。
事情を知らない同級生の誰かが、智美さんの連絡先を教えたりしてしまう可能性はある。
そうやってその男は再び智美さんに近づこうとした・・・。
目的は金なのか・・・それとも・・・。
考えるだけで忌ま忌ましい。

とにかく、俺は智美さんの秘密を知ってしまった。
しかし、話を聞くうちに俺は妙な安心感を抱いていた。
最初は「婚約者がいる」という言葉に衝撃は受けたが、それは今となっては形だけであり、本当に智美さんの心を捧げた男はもういない・・・。
どうなるかは判らなかったが、できることなら俺が智美さんを癒し、そして守ってあげたいと強く願うことができた。

「これでもう隠してることはない・・・。大丈夫?」

宮岸さんは心配そうに言ってくれた。

「はい・・・。俺、ずっと智美さんの傍にいたいと思います・・・。望んでもらえるなら・・・」

俺は本気だった。
そしてこの時、俺の智美さんへの気持ちは、“憧れている”から“愛している”に変わった。
俺の気持ちが伝わったのか、宮岸さんはニッコリ笑って俺の頬に手を当てた。

「ふふっ・・・◯◯(東条さん)がムキになって君を智美から引き離そうとした気持ち・・・少しわかるわね・・・」

そう言って宮岸さんはドキッとしてしまうような切ない表情を見せた。

「智美がダメなら私のとこに来なさいね・・・。いっぱい可愛がってあげるんだからね」

「あぁ、その・・・東条さんにも・・・そういうこと言われました・・・」

俺がおずおずとそう言うと、宮岸さんが堪えきれないといった感じで吹き出した。

「あははっ!私たちダメよねぇ~。もう恥ずかしくなっちゃうわよ~」

そう言うと宮岸さんは俺の手をスッと握り、「智美のこと・・・大事にしてあげてね。私達の大切な親友だから・・・」と呟いた。
俺はじっと宮岸さんの目を見て、「はい・・・」と言った。

「じゃあ今から智美とする前の予行練習いっとこうか!ほら、私に襲いかかっていいよ!」

宮岸さんは結局、宮岸さんのままだった・・・。

数分後、俺は再び宮岸さんに連れられて店に戻ってきた。
宮岸さんとは外で別れ、俺は一人で店のドアを恐る恐る開けた。
先程の激しい怒声は跡形もなく消え、店の中は静まり返っていた。
そして智美さんがポツンとカウンター席に座って呆然としていた。
ドアの開く音で、智美さんはビクッとして俺の方を見た。

「・・・お帰りなさい」

智美さんがバツの悪そうな様子で言った。

「東条さん、帰ったんですね」

智美さんは無言で頷いた。
二人の間に苦痛とも言える沈黙が流れた。
しかし、それでは埒が明かない。
俺は一息つくためにコーヒーを淹れてこようと立ち上がった。
立ち上がって一歩踏み出した瞬間、俺の身体は動かなくなった。
何者かが、俺の後ろから掴みかかったのだ。
しかし、その時店にいるのは俺と智美さんだけ。
やがて、背中に柔らかい感触を感じ、それが智美さんだと分かった。

「どこ行くの・・・?」

智美さんが消え入りそうな声で言った。

「いや・・・あ・・・コーヒー・・・、淹れてこようって・・・思って」

「後にして・・・」

突然のことで、俺の全身は硬直し、口が渇き、動悸が激しくなる・・・。

「・・・さっきはごめんなさいね。あんなとこ見せちゃって・・・」

「いえ・・・気にしてないです・・・」

「私ね・・・昔からずっと一人だった。両親はちゃんといたけど二人とも共働きで、一緒にお出かけしたりとか一緒に長い時間過ごしたりとか・・・全然なかったの・・・」

智美さんの身体の震えが伝わってきていた。

「兄弟とかもいなくてね。一緒に過ごせる家族にずっと憧れてたの・・・。◯◯君がここに来てくれるようになって、私、本当に弟ができたみたいな気持ちになって、なんだか夢みたいだった・・・」

智美さんはだんだん話すうちに涙声になっていった・・・。

「本当に勝手な気持ちだってわかってるの・・・。でも◯◯(東条さん)と一緒にいたっていうのを聞いて、なんだか言葉にならないくらい不安になった・・・。悔しい気持ちになった・・・」

もうそれ以上智美さんに辛い言葉を吐かせる気にはなれなかった。
俺は腰に巻き付く智美さんの手をほどき、智美さんに向き直った。
目にはたくさん涙が溜まっていた。

「智美さん・・・。俺は地元から出てきて何かと生活に苦労してました。そんな時に智美さんに出会えて、本当にラッキーだと思いました。俺に親切にしてくれて、あんな温かい気持ちになったのは初めてでした」

智美さんは俺の目をジッと見ていた。

「俺なんかがいるだけで智美さんが寂しくならないんなら、俺はずっと智美さんの傍にいたいです。俺も一人で暮らしてるけど、智美さんと毎日会ってたおかげで寂しい気持ちなんてなくなりましたから」

「ありがとう・・・◯◯君・・・ありがとう・・・」

智美さんは俺に身体を寄りかからせた。
そして抱き締めてきた。
初めて智美さんの体温を、匂いを、吐息を感じた・・・。
しかし、その智美さんが俺に抱く気持ちは全く俺とは逆のものであることに俺は気付いていた。
智美さんにとって俺は“一人の男”ではなく、“弟のような愛しい存在”である事実が、俺に重くのしかかってきた・・・。
俺は智美さんを胸に抱きながら、ふと窓から外を見た。
見覚えのある車が、俺の視線から逃げるように走り去った。
東条さんの車だった・・・。

その日の夜、どうしてもと言うので、俺は智美さんの家に行くことになった。
今まで何度も智美さんの部屋にお邪魔したことはあったが、その時はなぜか気分的に違う気持ちになっていた。
部屋に上がった後も智美さんはなんとも上機嫌で、俺の身体に触れることが多かった。
まるで小さな女の子が弟を可愛がるような態度で俺に接してきた。

「ねぇ、ご飯食べよ?あり合わせの物でだけど美味しいの作ってあげる!」

智美さんが俺の腕を掴んで甘えるように言ってきた。

「はい・・・。あ、俺もなんか手伝いますよ」

「いいのよ。座って待ってなさい。それと・・・一つ約束して欲しいんだけど・・・」

「なんですか・・・?」

「二人きりの時は、もっと家族みたいに気楽に話しかけてよ。弟が姉に“です・ます”とかで話すのは変でしょ?」

「それは・・・無理ですよぉ・・・」

「ダメよ。約束して」

智美さんが真剣な顔をした。

「・・・わかりました」

俺はしぶしぶ承諾した。
すると智美さんは嬉しそうに笑って、また俺に抱きついた。
そして楽しそうに台所の方に歩いていった。
智美さんにこんな一面があるとは俺は全く気付かなかった。
まるで別人のようだった。

確かに智美さんが喜ぶ顔を見れると俺も嬉しい。
だが、何か違和感を感じていた。
しかし、その時はそれを気にしないようにした。
ただ智美さんと過ごす時間を、大切にしようと思った・・・。

食事の後、智美さんと二人でまったりとテレビを観ていた。
その間も智美さんは俺にぴったりくっついていた。
まるで恋人同士だ・・・。
しかし実状はそんなものとは程遠い・・・。

「ねぇ、◯◯君」

ふと智美さんが俺の顔を見て話しかけてきた。

「はい?」

俺はテレビに目を向けたまま返事をした。

「一回でいいから私のこと、『お姉ちゃん』って呼んでくれないかな・・・?」

俺は思わず飛び上がってしまった。

「あの・・・勘弁してもらえませんか・・・?」

「お願いよ。一回だけ・・・ダメかな?」

あの智美さんが俺におねだりをするような目を向けた。
もしこれが違うおねだりなら・・・そう考えただけでも胸が熱くなる。
しかし・・・この状況は・・・。

<続く>

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