親代わりに僕を育ててくれた熟女の中居に童貞を捧げた

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大学生活の2年目の冬休み、僕は帰省して、両親が経営する観光旅館の仲居と久しぶりのセックスを楽しんでいた。
47歳の彼女は結婚するまで僕の恋人で、僕は彼女以外の女と肌を重ねたことはない。
セックスの官能世界に浸りながら、僕は彼女との思い出を映画のスクリーンのように思い出していた。

僕は旅館の跡取り息子として生まれた。
多忙な両親に代わり、仲居の弓子がずっと僕の世話をしてくれた。
彼女は子供を中絶したことがあるので、僕には実の息子のように愛情を注いでくれた。
おかしな話だが、中1の途中まで一緒に入浴していたくらい、傍に弓子がいるのが普通だった。

しかし、さすがに思春期に入ると弓子の美しい裸体を意識するようになり、お風呂に一緒に入るのを躊躇うようになった。
不審に思った彼女が、「坊ちゃん、最近なぜ私と風呂に入らないのですか?私が嫌いになったのですか?」と悲しそうな顔で聞いてきた。
僕は正直に話した。

「嫌いじゃない。最近、弓子さんの大きいおっぱいを見るとチンポが硬くなるんだ。それを見られるのが恥ずかしいから1人で入りたいんだ」

それを聞いた弓子は安心したように言った。

「坊ちゃんが私を女として意識するのは思春期なので覚悟しています。でも私は坊ちゃんが生まれてから今日までお世話係をさせてもらっています。子供のいない私にとって坊ちゃんのお世話は生き甲斐なのです。私を女として好きになってもいいのですよ。だからこれからも一緒にお風呂に入りましょう」

話している途中から彼女は涙を流していた。
僕は感極まって彼女に抱きついた。

「僕は弓子さんが好きだ。これからも僕の傍にいてくれよ」

そう言いながら僕は勃起させたペニスを彼女の柔肌に擦りつけるようにした。
それから大学進学まで混浴し、肌を重ね、オナニーを手伝ってくれた。

高校に進学すると同級生の間では初体験の話が持ちきりだった。
この地方は大人になる前に童貞を捨てるのが風習になっていた。
同級生、幼馴染、女友達と済ます者がだんだん増えていった。
相手は誰でもいいのだが、この地方は母親みたいな年増と初体験をするのを好まれる風習があった。
特に戦前に戦争で亭主を亡くした後家と結ばれる例が多かった。
そのかわり、結婚するまでその年増と関係を続けなければならない。
夜の営みを奪われた後家たちの救済の意味もあったのだろう。

僕は相手を決めていた。
もちろん相手は世話係の弓子だった。
彼女に童貞を捧げたいと話したら、「喜んでお受けします」と承諾してくれた。

弓子の休みの日、高校から戻った僕はそのまま彼女のアパートへ行った。
学生服を弓子に脱がされて全裸にされると、すでに浴衣一枚の弓子が脱いで、とても40過ぎとは思えぬ美しい肉体を僕に晒した。
お清めのために浴室でシャワーを浴びた後、僕と弓子は性の儀式に臨んだ。

「坊ちゃん、風呂場で今までしていたことをすればいいですからね」

それまでオナニーのたびに愛撫やクンニなどを弓子に教えてもらっていたので困りはしなかった。
布団の中で激しく抱き合いキスを交わすと、僕は弓子の巨乳を揉みながら乳首を愛撫した。
弓子は僕の勃起したペニスを口に咥えて奉仕してくれる。
彼女のクリトリスを愛撫してクンニを続けると、弓子は喘ぎ声を漏らした。

「坊ちゃん!私だけを愛して!」

目の焦点が定まらないほど絶頂に浸っている弓子。
69では弓子はタコの吸盤のようにペニスに吸い付き、僕と初めて結ばれた喜びに浸っていた。
そして弓子が騎乗位で僕のペニスを膣の中に入れ、終始彼女のリードで腰を振り続けた。
僕はユサユサ揺れる彼女の乳房を鷲掴みにして、乳首を指で刺激し続けた。
そして、ついにその瞬間が訪れた。

「弓子さん!イクよ!もうイク~!弓子~!好きだ~!」

当時17歳の少年だった僕は、44歳の弓子の膣の中に濃厚な精液を送り出した。
地域のしきたりによって初体験での避妊は禁止されているので、妊娠覚悟の生出しだった。

そんな当時を思い出しながら、大学生になった僕はコンドームを付けずに、今も弓子と生セックスの真っ最中だ。

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