喫茶店の美人ママ[第1話]

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専門学生の時、市内に出てきて一人暮らしをしていた。
最初は貯金を食い潰してたけど、金は使えばなくなるもので、バイトでもしないと生活ができない状態になり、俺は職探しを始めた。
いざ動き出してみたものの、なかなか思うようなバイトが見つからず、ある休日の日、金もないので自宅周辺を訳もなく散歩していた。

そんな時、ある喫茶店を見つけた。
ちょうど時間は昼頃になっていて、俺の腹も鳴り始めていた。
財布を覗くと、千円札が一枚と小銭がチラホラ・・・。
少し迷ったが、俺はなぜか惹かれる雰囲気があるその喫茶店へと足を踏み入れた。
中は俺好みの、こぢんまりしたあまり広くない感じだった。
カウンターが一つあり、テーブル席が二つ・・・。
たった一人でテーブル席を占有するのは気が引けた俺はカウンター席に座った。

「いらっしゃい。何にしましょうか?」

カウンターにいた店員の女性が明るく言った。
俺はメニューにざっと目を通し、ツナサンドとホットコーヒーを注文した。
店員の女性は、「はい、かしこまりました。しばらくお待ちくださいね」と言って、奥のキッチンらしい方へ引っ込んだ。

再び俺は店内を見回した。
俺以外に客はいない。
場所が住宅地のど真ん中なので、外を行き交う人もあまりいない。
俺は心の中で、(こんなんで成り立ってんのか?)などと思ってしまった。

しばらくして注文したものが運ばれてきた。
俺は空腹のあまり、すぐさまサンドを掴み、口に運んだ。
その瞬間、口の中に何とも言えない旨味が広がった。
コンビニなどで買って食べるものなどとは格が違う・・・。
別に特別な味付けがしてある感じはしなかったが、なんとも素朴な味が俺の味覚をモロに刺激した。

「美味しい・・・」

俺はあまりの感動に小声でそう呟いてしまった。
一人暮らしの学生にとって家庭的な味のサンドイッチは激しく心と腹を満たしてくれた。
そんな時、カウンターでクスッと笑う声が聞こえた。
ふと目をやると先程の店員の女性が、無我夢中で食べる俺を面白そうに眺めていた。

「あ・・・はは。すみません・・・」

俺はなんだか恥ずかしくて、変な照れ笑いを浮かべてしまった。
すると店員の女性は俺の前に歩み寄り、「お口に合いました?」と聞いてきた。

「はい。すごい美味しいです。コーヒーともめちゃ合いますね」

俺は少し照れくさい気持ちで言った。

「ありがとう。嬉しいです。こんなあからさまに美味しそうに食べてくれるお客さん初めてです」

店員の女性は本当に嬉しそうに言った。
俺はそのとき初めて、その女性の顔をまともに見た。
長めの髪を後ろで束ねて、すらっとしていてとても綺麗な人だった。
しかし見た感じ、確実に俺よりは年上だった。
さしずめ20代後半といったところか。
そのやりとりがなぜか俺とその店員の女性を打ち解けさせた。

「お客さんは・・・高校生かな?」

「いや、今年から専門学生の一年です」

「そうなの~。いや、でもお客さんみたいな若い人がうちに来てくれるの、初めてじゃないかな」

そんなやりとりをしながら、俺は店をその店員の女性が一人で切り盛りしていることを知った。
それから俺が学校の為に市内に出てきたことなどを話したりして、気がつけばもう夕方になっていた。
するといきなり店のドアが勢いよく開かれ、数人の客が入ってきた。
みんな若い女性だった。
どうやらその店は、夕方には近所の若い主婦達の溜まり場になっているようだった。
俺は若干居心地が悪くなり、会計を済まして店を出ようとした。
お釣りを貰おうとした時、一緒に小さな包みを手渡された。

「一応うちの手作りクッキーなの。よかったら食べてね。またお越し下さい」

そう笑顔で言った。
俺はなんとも言えない幸せな気分になりながら、店を出て自宅へと帰っていった。

その日から、俺は定期的にその喫茶店に通うようになってしまった。
一応、常連と呼べるほどの客となり、そのうちお互いの軽い自己紹介などもした。
店主の女性の名前は、智美さんと言った。

本当は外食なんてしている余裕はないのだが、少し高くつく昼食のために朝食や夕食をかなり質素なものにしたりもした。
高いと言っても、その喫茶店は良心的というか、メニューの値段は普通よりはずっと安かった。
コーヒーが200円でツナサンドが300円だから驚きである。

ある日、いつものようにサンドイッチとコーヒーを注文して待っていると、頼んでないはずのサラダが目の前に置かれた。

「あの・・・これは・・・」

少し戸惑った様子の俺に智美さんはにっこり微笑んで、「どうせ家で野菜とか食べてないんでしょ?食事が偏ると病気になるわよ。サービスするからちゃんと食べてね」と言った。
俺は嬉しいとかそういう感情の前に、赤の他人の俺に優しくしてくれる智美さんの温かさに涙が出そうになった。
しかしそこはぐっと堪えて、「すみません。ありがとうございます」とお礼を言った。
智美さんの優しさに触れたその日だけは、なんだか俺は無口になってしまい、ただぼぉーとしながらコーヒーを飲んでいた。

そんな時、ふと店のドアが開いた。
見た感じ、業者の人のようだった。
食材か何かを配達しに来たのか、ダンボール箱を二個置いてから智美さんに伝票のような物を渡し、足早に帰って行った。
さっそく智美さんはその箱を運ぼうとしゃがみ込んだが、重かったのか諦めてキッチンに戻ってしまった。
その姿を見た途端、俺の身体は否応なしに動き出した。
俺は店のドアの所に行き、ダンボール箱を持ち上げた。
そして、「智美さん、これ迷惑じゃなかったらそっちに運んでいいですか?」と言った。
智美さんは慌てて奥から出てきた。

「ちょっと!お客さんにそんな事してもらえないわよ!置いといて!後で台車で持っていくから!」

智美さんは本当に申し訳ないといった感じで言った。
しかし俺にとってはなんてことはない。
それに、サラダのせめてものお礼にもなるかと思った。

「別にこれくらいなんでもないですよ。そっちでいいですか?」

そう言うと智美さんは少し困ったように笑った。

「もう・・・本当にごめんなさいね・・・。じゃあこっちの冷蔵庫の隣にお願いしていい?」

俺はさらにもう一つの箱を積み上げ、キッチンの方に運び込んだ。

「ごめんなさいね。豆だから重かったでしょ?」

「いやいや、全然大丈夫でしたよ。高校ん時にバイトであれより重いもんいつも運んでましたから」

「そうなの?あぁ、でも◯◯君、腕とか結構ガッチリしてるもんね。何のバイトしてたの?」

「酒屋で日本酒とかビールとかを運びまくってました」

「なるほど。だからねぇ。はぁ・・・やっぱ男手があると頼りになるねぇ・・・。ウチを手伝ってよ!」

智美さんは冗談っぽく笑いながら言った。
でも・・・もし少しでも可能性があるなら、求職中の俺にとっては願ってもないことだった。
それに、智美さんに雇ってもらえるなど夢のような話である。

「あの・・・マジで働かせてもらえませんか?」

数分後、俺は智美さんの喫茶店で働くことが決定した。

次の日、俺はさっそく智美さんの店で働き始めた。
しかし、大きな問題があった・・・。
俺は料理というものが、からっきしダメだったのである。
軽食を作るだけでもパンを焦がしたり、智美さんを手伝うどころか逆に迷惑をかけているように感じた。
しかし、失敗ばかりしてヘコむ俺に智美さんは、「なんか◯◯君は元気な男の子を絵に描いたような人ね」と言って、優しく笑ってくれた。
そんな俺も、色々失敗しながらもそれなりに智美さんの手助けができるようになっていった。

そして、智美さんの店で働くようになってからは食費が全くと言っていいほど掛からなくなった。
智美さんはとても気立てがいい人で、「給料そんなにあげられないし、せめて食事くらいはね」と言って俺にいつもご飯を作ってくれた。
俺は学業そっちのけで智美さんの店で働くことに大きな幸せを感じていた。

物珍しいからか、自分が客の時には苦手だった常連の主婦軍団にも気に入られるようになった。
俺は生まれて初めて逆セクハラというものを経験した。
注文品をその人達のテーブルに運ぶと、いつも身体のあちこちを触られた。
欲求不満の集団だったのだろうか?
まぁ、そんな事はどうでもいい。
ちなみに主婦軍団の中には未婚の人もいた。
聞くところによると、智美さんを入れた五人で大学時代の仲良しだったらしい。
どうりで親しい感じではあった。

ある日、主婦軍団の一人である東条さん(一番強引系な感じの人)が俺を呼び付けた。

「あのね、今日の夜、ウチで智美も入れてみんなで食事するのよ。◯◯君も強制参加ね。わかった?」

なんとも強引である・・・。
俺は助けを求めるように智美さんの方を見た。
智美さんはなにやら怪しげに笑っていた・・・。

「あ・・・あぁ、じゃあ行かせてもらいます・・・はい・・・」

俺がそう言うと主婦軍団の間で小さな歓声が上がった。
すごく嬉しい気持ちはあるが、一体この流されるままの自分の不甲斐なさはなんなんだ?などと思ってしまった。

「じゃあまた後で~!◯◯君!絶対来ないとダメだからね!」

東条さん達は騒がしく、そして風のように去っていった。

「あの子、結婚しても全く変わらないのよねぇ・・・。なんかごめんなさい・・・」

智美さんは呆れたように言った。

「いや、なんて言うか、本当に俺なんかがお邪魔していいんですかね?」

俺はおずおずと聞いた。

「私はこうやって店やってるけど、◯◯(東条さん)はいつも、『主婦は毎日つまんない!』が口ぐせだし、他の子も会社で働いたりしてるから、毎日が面白くなさすぎって言うのよ」

何かすごくリアルな悩みだと思った。

「そんな時に◯◯君がウチに来てくれるようになって・・・あの子たちにはちょっとした日常の変化が嬉しいんだと思う。だから、もし迷惑じゃなかったら付き合って欲しいな」

智美さんはどうしてこう万物に優しいのだろうか。
親切などという以前に、相当な友達思いでもある。
俺はますます智美さんを尊敬し、好意を抱いた。
そしてそれがだんだんと恋愛感情へと変わりつつあることに、俺自身が気付き始めていた・・・。

その日の晩、俺は東条さんの言い付け通り、智美さんの車に乗せられて食事会に参加した。
東条さんの家はかなりの豪邸だった。
確かに他の人たちより若干セレブな雰囲気はあったが、本当にセレブな奥様だったのである。
智美さんがインターホンを押すと、すごい勢いで玄関のドアが開いた。
そして智美さんの隣にいる俺の姿を見るや否や、「いやーん!本当に来てくれたのー?嬉しい!」と大声で言って、あろうことか俺に思いっきり熱い抱擁をかましてきたのである。
言葉にできない香水の独特な香りが鼻をついた。

「ちょっと!東条さん!!」

俺はどうしていいかわからなくなり、玄関先でジタバタしてしまった。
女性にそれほど激しく迫られたことがなかった俺はひたすら狼狽えるばかり。
そんな姿を智美さんを含めた4人の綺麗なお姉さんが微笑ましそうに見ている。
なんたる奇妙な構図・・・。

そんなこんなで、俺と智美さんはやっとの事で東条さんのお宅のリビングへと足を踏み入れた。
家の中は外観に相対し、豪勢な造りだった。
ふと棚のような所の写真に目が行った。
自分の親父と同じくらいの初老の男性と一緒に写っている東条さん。
だいぶ年はとっている感じだったが、なかなかダンディな男性だった。

「かっこいいお父さんですね」

俺は何気なく東条さんに言った。
しかし東条さんは何を思ったか、いきなり大笑いした。
そして、「アハハハ!それ、私の旦那よ~」と言った。

「すみません!俺、知らなかったんで!ホントにすみません!」

俺はすごく失礼なことを言ってしまったと思った。
しかし東条さんは笑って言った。

「すっごいジジイでしょ?私との結婚で四回目らしいわ。彼、お金持ってたからね~。で、つい気持ちがフラフラ~ってなって結婚しちゃったのよ」

返す言葉もなかった・・・。
こういうのを玉の輿と言うのだろうか?
しかし、さすがにそれ以上、プライバシーに関わることは聞きたくなかった。

それ以後はこれといったハプニングもなく、みんなでご飯を食べ始めた。
料理は東条さんがほとんど作ったらしいが、智美さんに負けずとも劣らない絶品の味だった。
よくよく聞くと、智美さん達は大学で料理サークルなるものを作っていたらしい。
その時に料理の腕をかなり上げたそうだ。
美女5人の料理サークル・・・きっと男子学生がほっとかなかっただろう・・・。
ま、それもどうでもいい。

食事が済んだ後は流動的にお酒の時間になっていった。
俺はまだ二十歳までは三ヶ月ほど足りなかったので、誘惑に負けそうになりながらもジュースをチビチビと飲んでいた。
酒が入ると、やはり男女問わず、話題と言えば猥談である。
かなり酔いが回っている東条さんを筆頭に、なかなかどぎつい話題が飛び交う中、俺はただ苦笑いを浮かべていた。
俺はふと智美さんを見た。
特に騒ぎ立てもせず、少しお酒で顔を赤らめながらみんなの話にクスクスと笑っている。

(この人達は、ずっとこういうスタンスで付き合ってきたんだろうなぁ・・・)

俺は心の中でそう思った。
少し天然の朝倉さんが話題を振り、東条さんがさらに話を膨らませて場を掻き回す。
それに鋭く突っ込む宮岸さん。
その四人のやりとりを優しく嬉しそうに見届けている智美さん・・・。
考えたら、みんなそれぞれ違っていて、素敵なお姉さん達だと思った。

そんな時、ふと智美さんと目が合ってしまった。
俺は思わずドキッとしたが、智美さんは少し困ったように苦笑いしていた。
でも楽しそうだった。
俺もそれに応えて智美さんに微笑んだ。
そんな俺と智美さんのやりとりに気付いた東条さんがいきなり絡んできた。

「ちょっと!何二人でいい感じの雰囲気出してんのよー!ずるいぞぉ・・・」

そう言って東条さんは智美さんを突き飛ばして俺の隣に座り、身体をもたれ掛けてきた・・・。

「あ~いい感じ。ねぇ智美~。アンタ◯◯君に、『給料とは別のご褒美よ』とか言って、いやらしい事とかしてるんじゃないでしょうねぇ?」

もはや東条さんの酒癖の悪さは明白だった。

「さぁねぇ~。どうかなぁ。◯◯君は私が雇ってるんだから、何しようと勝手でしょ~」

珍しく智美さんも冗談を言った。
おどけた智美さんも魅力的だった。
俺は引っ付いて離れない東条さんをそっと引き剥がし、「すみません、ちょっとトイレお借りします」と言ってその場を離れた。
ジュースを飲み過ぎたせいでかなりトイレが近くなっていた。

しばらくして俺はリビングに戻り、再び賑やかな輪の中に入った。
しかし、ある身体の異変に気がつき始めた。
トイレから戻ってきてしばらくした辺りから、身体が無性に熱い・・・。
それに何か全身がすごく重く、頭も少し痛くなってきていた。
そういえば、さっきから飲んでいたコーラが妙な味がする・・・。
そう思ったあたりで俺の意識はプツンと音を立てて途切れた・・・。

どれくらいブラックアウトしていただろうか・・・。
気がつくと俺はソファに身体を埋めていた。

「ここ・・・どこ?」

ふと見ると、身体には毛布が掛けられている。
俺の物ではない。
俺はガンガンする頭を必死で回転させ、記憶を辿り始めた。
しばらくして、そこが東条さんのお宅だということに気がついた。
俺はすぐに跳び起きた。
すると、キッチンの方から東条さんがやってきた。

「やっと目覚めた?」

どうやら東条さんの酔いは醒めたようで、先程とは違って穏やかな感じだった。

「はい・・・すみません・・・。なんか俺急にフラフラしてきて・・・。たぶんコーラに酒が・・・でもなんでだろう?」

そう言うと東条さんがクスッと笑った。

「ごめんなさい、私酔ってたから悪ふざけして、僕がトイレ行ってる間にコーラに一杯ジンを入れちゃったのよ」

正直、笑い事じゃねぇだろ!と思った。
しかし、今の穏やかなモードの東条さんに文句を言う気分にはなれなかった。

「もう・・・ひどいじゃないですかぁ・・・。でも、ご迷惑をおかけしました。こんなとこで寝込んじゃって・・・」

「いいのよ。私こそごめんね。ちょっとはしゃぎすぎたわ。何か冷たいもの持って来るわね」

そう言って東条さんはキッチンから水を持って来てくれた。
俺は喉がカラカラだったので、それを一気に飲み干した。
一息つき、やっとある事に気がついた。

みんないない・・・。
智美さんもいない・・・。

<続く>

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