中学生の頃の悪夢の一年

この体験談は約 3 分で読めます。

私の家は母子家庭だったのですが、私が中学1年生の時に母親が再婚しました。

私はずっと母親には幸せになってもらいたいと思っていたので、本当に心から嬉しかったです。
義父も優しくいい人で、私もすぐに「お父さん」と呼ぶようになり、それを見て母が嬉しそうに笑ってくれ、私も母の笑顔と初めてお父さんと呼べる事に幸せを感じていました。

ところが、私が中学3年生の時に、義父が会社をクビになり、一日中家にいるようになって、母が代わりに昼も夜も働くようになりました。

ある日、私が家に帰った時玄関に見慣れない靴があり、“お客さんかな、珍しいな?”と思うことがありました。
リビングには義父と同年代くらいの知らない男性が二人ソファーに座っていて、私に「おかえり!」と言ってきました。

私は軽く会釈をして父に「誰?」と尋ねると、父はバツの悪そうな顔をして、「いいから部屋に行ってなさい」と言いました。

(新しい仕事の人なのかな?)

私は言われるまま部屋に行って制服から着替えていると、さっきのおじさん達二人が部屋に入って来て、いきなり私をベッドに押し倒しました。
一人の男に体を押さえれ、もう一人の男に服を脱がされながら、キスをされました。

私はただ「お父さん助けて!!」と叫ぶことしか出来ませんでした。

父は結局助けに来てはくれず、私は処女を奪われました。
その後、男二人に乱暴されて、たぶん2、3時間は犯されました。

男達が帰った後、泣きながら一階に下りると義父に「シャワーを浴びなさい」と言われ、言われるままシャワーで男達の精子を流し落としました。

父親は「スマン」と言って来ましたが、私は何がなんだか理解も出来ず、また母にも言えず、母の幸せを壊してしまいそうで・・・次の日、学校を休みました。

あれから何事もなかったように父は私に接してきて、私も“悪い夢を見てたんだ。忘れよう”と必死に自分に言い聞かせて来ました。

しかし、男達二人は必ず毎月20日に家のリビングのソファーに父と3人で座っていて、私にニヤけた顔で「おかえり!」と言うようになりました。

(あぁ、今月もか・・・)

私は二人のおじさんに連れられて部屋に行き、二人が満足するまで犯されました。
男達が帰り、私が一階に下りると義父はお風呂を沸かしてくれていて、私は泣きながらお風呂に入る。
これが月に一回の決まりのようになってました。

結局、私が中学校を卒業するまで男達は毎月休まずやって来て、卒業式のある月は20日に男二人、25日には初めて違う40~50歳のオジサンが2人来て、4人に犯されました。

私は母に「高校には行きたくない」と相談して、母は「高校までは行ってほしい」と言ってくれましたが・・・、高校に行くとまたオヤジ達にレイプされ続けそうで嫌でした。

私は叔父の知り合いの旅館で働くようになって、やっとオヤジ達から解放されました。
義父は、私が家を出たのと同じ頃に仕事に就き、母も仕事を辞めて二人楽しく過ごしてるようでした。

あれからもう何十年も経ちますが、今では私も二人の小学生の母親で、主人とも仲良く幸せな日々を過ごせています。

義父は2年ほど前に他界しましたが、母には中学生の頃の悪夢の一年は話さずにいようと思ってます。

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