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溢れだす父母の思い出[後編]

この体験談は約 3 分で読めます。

親が若くして結婚し、息子が早々と嫁さんをもらうと、親子二代で同じ屋根の下でオマンコタイムになる。
特に最近は五十過ぎても母親が老けないので余計そうなる。
・・・という家庭も多いかな。

うちも割と早く父親が結婚して私が出来たので、今老若ダブルキッチン状態である。
親がオマンコをやってる事は中学生のとき感づいたが、私が高校受験のときは勉強部屋の下が親の寝室なのでさすがに遠慮してたみたいであった。
入学とともに再開、そっと階段を下りて営みを覗きに行ったりした。

当時、父が40で母が35だからまだ派手にやっていた。
夏なんかエアコンもまだなかったし、窓を開け、カーテンだけ引いて。
風を入れないと暑くてやれなかったのだろう。
田舎で庭も広かったから覗かれる恐れもないし。

木造家屋だから、上に居ると親が話し込んでいる気配を知るとそ~っと降りて、庭に回り、ヤブ蚊に刺されながらカーテンの隙から常夜灯の灯る親の寝室を覗いた。
母は垂れ気味のオッパイ剥き出し、下は赤い腰巻きで、父は丸裸で敷布団の上に寝転がっている。
父も片手が腰巻きをまさぐっている。
母の片手が父の股間をマッサージしている。

そのうちに腰紐が解かれ、脚と脚を絡ませ合い、おっぱいを揉みながら、片手はオマンコに伸びる。
会話はエロい話ではなく、近所の世間話を母がするのを父が黙って聞きながら、だんだん母の股間を広げさせ、盛大にオマンコを撫でたり、さすったり、母の片手もマッサージからチンポを剥いたり、しごいたり、そのうちどちらからともなく、交わりの体勢に。

母は仰向きになり、自然に軽く股を開き、父は母の足元に寄り、おもむろに脚を持ち上げて180度に押し広げ、股間の湿り具合を指で確かめ、両手で左右にオマンコを押し広げ、クンニ体勢にもってゆく。
母の満足気なため息があがって母の腰がもじもじしだすと、母の両脚を肩に担ぎ、全開させたオマンコに直立しているチンポを真上から少しずつめり込ませてゆき、オマンコにチンポがなじんだ頃合いを計って盛大に九浅三深のリズムで母に奉仕し始める。
時々腰をねじこんでみたり、その度に母の小さい「ひゃ~」という声があがったり・・・。

父「ええやろ」
母「ええわ~」

父「もっと、ようしてもらいたいか」
母「ようして~」

父「よ~し」

父は母の両脚を母の肩位まで押し曲げ、自分の両手両足を突っ張らせ(これが松葉崩しかな?)結合部分を自分で覗き、母にも覗くように促し、小声で「小夜子好きやで」と云いながら、ズボッ、ズボッと入れ始める。

母は股間を覗きながら「いやらしいわ~ぁ」と・・。

父「おまえがいやらしいことしてぇ~と言ったやないか。やらしい言うのは気持ちいいで、もっとして~ということやろ」

そのうちにズボッ、ビチャッ、ズボッ、ビチャッと結合部分が夫と妻の愛の二重奏を奏で始めた。
・・・と思う間もなく、父は激しく腰を振り始め、「・・・ッ!」と母に呻くとオマンコに何度もチンポを擦りつけ、いってしまった。

何度か覗いたがこの晩ほど理想的(?)な夫婦の営みを見たことはなかった。

しばらく経って、私と父が二人だけのときに、父からぼそっと「覗いたのをいいとは言わんけど、お母さんに言うなよ。息子に見られたとわかったら可哀想やからな」と言われた。

「それだけや、お前ももうすぐ嫁さんをもらわならん」と。

それから十年ほど経って、私も縁あって見合い結婚した。
夫婦生活の指導書も読んだが、何より親の夫婦生活が頭にしみ込んでいるので、アノ通りやっている。

専業主婦の妻から昼間あった話を聞きながら、オマンコを弄りながら、妻にはチンポを握らせ、妻が催してきたら股間を開かせ、湿り具合を確かめながらクンニで奉仕。
欲しがり始めたら本戯に移り、最後は愛の言葉を囁きながら深~く突き刺して絶頂に持ってゆく。

手を取って父に伝授してもらったわけではないが、父が母に奉仕していた直伝の松葉崩しが我が家の伝統の性戯として私にも引き継がれている。

今はどうか分からないが、新婚当初は親夫婦と息子夫婦で上と下で「ズボズボ、アフン、アッフ~ン」やってたと思う。
何せ、父母は四十すぎてもアツアツで仲がよろしかったから。

たぶん、父も私と同様、妻以外の女を知らない。
今時、古めかしい三十年代の話である。

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